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経済危機にも強い不動産投資とは何か? シノケングループ・篠原英明の「資産のない会社員」が主役の資産形成ビジネス

不動産事業は世の好不況に大きく左右される。その中にあって安定したビジネスモデルとは何かと模索してきたのが不動産会社・シノケングループ。経済危機にも見舞われたが同社が開発した「一般会社員でもできるアパート・マンション経営」へのニーズだけは「経済危機の中でも変わらなかった」と社長の篠原英明氏は話す。激動期にも根を張るビジネスモデルとは何か――。

「アパート・マンション投資」に厳しい視線も注がれる中
 「アパート・マンション経営は目的ではなく、資産形成のための手段」と話すのは、シノケングループ社長の篠原英明氏。
 シノケングループは1990年6月、篠原氏が25歳の時に福岡県で創業。「年収500~600万円の一般会社員層が、頭金ゼロでアパート・マンション経営ができる」というビジネスモデルで成長し、2002年にジャスダック市場に上場。17年12月期の業績は売上高1050億円、営業利益117億円を見込み、過去最高の見通し。
 だが近年、金融庁などがアパート・マンション投資向けの金融機関の融資に厳しい視線を向け始めている。税収を上げなければならない時にもかかわらず、多くのアパート・マンション投資が土地オーナーの節税対策になっていたり、需要のある場所に建てられておらず空室が増えている問題などが背景。
 それに対し篠原氏は「我々は土地活用ではなく、自分達で駅近など需要の強い好立地を探して選別、商品化して、ローンを付けている点で大きく違う」と強調。さらに税の観点で言えば、投資家はシノケンから物件を買えば不動産取得税、売れば譲渡所得税を支払う。さらに古い家が新築アパートに生まれ変われば固定資産税が上がり、家賃収入が入ればさらに所得税を支払うことになる。
 「税で国にも貢献できるし、会社員を中心とした投資家にとっても資産形成という目線でメリットがある商品だということを丁寧に、粘り強く、広くご説明し続けている」(篠原氏)
 一般会社員のアパート・マンション経営に対する需要は「非常に強い」と篠原氏。シノケンの創業期であるバブル崩壊時、90年代終わりの金融危機、08年のリーマンショックなど景気悪化局面でも「売れ続けてきた」という。「30年近くやってきて、景気に左右されないビジネスモデルだと実感している」(篠原氏)
 アパート・マンション経営をしようという会社員は、自らの会社員人生や年金がどうなるかといった将来不安を抱えている。この解消のために投資をすることから、景気悪化局面ほど購買意欲が高まる傾向がある。会社員としての信用を基に資金を借り入れ、定年後に向けた資産形成をしたいというニーズは常にあり続けるという分析だ。

売って終わりでなく「長いお付き合い」で
 1965年に福岡県で生まれた篠原氏は高校を卒業して出版社で営業を務めていたが、その時に営業先として不動産会社があった。そこで不動産に可能性を感じて専門学校で勉強、不動産会社で営業を経験したのちに、前述の通り25歳で起業した。
 「不動産と金融を融合させた事業をしたい」としてビジネスモデルを構築したのは23歳の時。「50代半ばになった時に5000万円~1億円の現金を持っておきたい。老後に年金と合わせて余裕を持った生活をしたい」という目標を立てた。だが、預金を積み上げるだけでは辿り着きそうにない。
 目を付けたのがアパート経営。土地を買い、家賃収入で土地代を払うことができれば、ローンが終わった時に土地は自分のものになる。自ら事業計画書を書いて銀行と交渉、資金調達して土地を買い、物件を企画して設計事務所に設計を依頼し、不動産会社に管理を依頼した。
 「私はこれらを1つひとつできたが、一般会社員には難しい。しかし世の中に必要なものだけにビジネスとして展開したいと考えた」(篠原氏)。自らの経験をビジネス化したということ。
 このビジネスのカギを握るのは、いかに好立地の土地を仕入れることができるか。それを早期に販売し、また次の土地を仕入れるというスピード感も求められる。そこは長年の蓄積から、仕入れ営業担当には多くの情報が寄せられるというが、やはり「人」の力が大事になる部分。
 「薄利でもお客様と長いお付き合いができる関係を築き上げたい」と篠原氏は言う。多くの不動産投資会社が高価格で物件を売ろうとするが、それでは1回で関係が終わってしまう。シノケンは多少安く売って、次の取引につなげる。実際「リピーターの方が多い」という。
 だが、ここまで順風満帆だったわけではない。成長を続けていた05年、一級建築士が構造計算書を偽造した「耐震偽装問題」で名前が挙がった。衆議院に参考人として呼ばれたが、該当の6棟のうち5棟を解体、1棟を補強するという形で対応。「財務的には痛かったが、応援してくださる方も多く、きっと乗り切ることができると思っていた」と振り返る。
 篠原氏が「きつかった」と話すのはリーマンショック。だが当時、多くの新興不動産会社が破綻した中で生き残ることができた要因は「耐震偽装問題で事業にブレーキを踏んだこと」。そうでなければ資産が膨らんで、他社と同じ道を歩んだかもしれない。まさに運命の分かれ道。篠原氏は「身の丈に合った事業をする。リーマンの時の失敗を改善し、次に経済が悪化した時に同じことを繰り返さない」ことを胸に刻む。
 今後の事業展開は「事業を横方向に展開して、深掘りする。既存事業に隣接する周辺ビジネスを取り込んでいきたい」と話す。想定外の時でも生き抜くために新たな事業開拓を進めている。M&A(企業の合併・買収)や提携で介護事業やゼネコン機能を取り込むなど事業領域を広げてきたが、今後は海外展開も視野に入れている。
 「時代の変化とともに事業を入れ替えていく。これができなければ企業の存続はない」と篠原氏。この危機感が成長を支えている。

財界 2018年1月16日新春特別号